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規格外の熱量を喰らってJurin Asaya PS118震えて考察①

凄まじい心の熱さ美しさ。JURINちゃんらしさ。
本質的な価値を求め創造するということ。
大きな使命を背負いながら、とてつもない熱量でひたすらに努力を積み重ね、文化への敬意とビジョンを持って、実行するということ。

歌詞から伝わるJURINちゃんのこの姿に、深く心を打たれています。
そしてJURINちゃんは、冒頭で言った通りに別次元へ持っていった。装飾となるものを削ぎ落とした本質の輝きを魅せつけてくれた。

宇宙をモチーフとした歌詞には理数系の言葉が散りばめられていますが、もはや歌詞こそが、科学的。言葉の化学反応を見せつけられながら、その威力を喰らっています。

言葉が象徴する意味と、その取り合わせによるイメージの爆発力。
それを特に喰らったのが、歌詞後半、ノイマンのフレーズと隠しフレーズです。
その前後のフレーズとともに、見ていきましょう。

Christopher✕Neumannの言葉の化学反応


Everytime I go in I feel anointed
祝福された気持ちになる 足を踏み入れる度


I’m like Christopher Nolan on a Neumann
ノイマンマイクの前に立つクリストファー・ノーラン監督みたい  


The way I push it back to the limit
限界まで追い込むやり方



そこに入る度に、神聖な力を授かるような、祝福された気持ちになる。

そこは何処かと言うと、JURINちゃんにとって神聖な場所。
スタジオや自分の内なる世界を思わせ、集中力の高まりを感じます。

ノイマンのマイクの前に立つクリストファー・ノーラン監督のように、完璧な世界観を作るため録音する。その時の才気溢れる気迫。
ブランドを指定することで、最高品質のマイクということと、マイクに吹き込むJURINちゃんの声という唯一無二の武器を強調しています。

そして、監督とカメラ、マイクとラッパーというよく見る組み合わせ〝ではない〟ズラシに引きつけられて、よくよく見るわけです。


I’m like Christopher Nolan on a Neumann


すると、この1つ前のフレーズの《祝福された気持ち》という、宗教的な敬虔な心を感じさせる表現の対となる言葉が、このフレーズの中にある。

《Christopher》クリストファーは、キリストを背負い川を渡ったキリスト教の伝説上の聖人で、キリストを運ぶ者であり、またその象徴を意味します。

《Neumann》は、現代のパソコンはノイマン型コンピューターが基盤なので、ノイマンはPCのこと、と言えます。

つまりこんなフレーズが隠されている…
原曲歌詞の英文が変化するので括弧します…


(I’m like Christopher No run on a Neumann)
ノイマン型PC上で実行しえない、キリストを背負うことその者のように


世界中の罪を引き受け誰よりも重いキリストを背負って、一歩ずつ川を渡ったクリストファーのように、使命を背負いながら祝福された気持ちで一歩ずつ努力を積み重ねて歩みを進める。
使命の重みを生身で感じ、聖なる魂の重みがそのまま一歩一歩に刻みこまれるような制作過程。
その過程によって成し遂げられること。
PC上でポチッっと実行できやしないこと。

一方、PC上では、誰でも匿名で簡単に指先一つで他人を攻撃したり汚したり。そんなことがポチッと実行できてしまう。


I’m like Christopher
キリストを背負うこと、その者のように

No run on a Neumann
ノイマン型PCで実行しえない


ものすごい対比です。
人生や使命を賭けた血の滲むような制作過程と、ネット上の匿名の陰に隠れた無責任で軽薄な行為との対比。
対比によって、現代の問題が痛烈かつ鮮やかに浮かび上がります。
そうしたネット上のアンチ行為の卑劣さを寄せ付けないような凄みさえ感じます。並べて書いてはいけないくらいに。

また、もう一つのイメージが浮かび上がります。


No run on a Neumann
PCで実行不可


〝PCで実行不可〟は、古いシステムやスペック不足の環境で新しいソフトを動かそうとした時に、PC上に出るエラーのイメージ。
(真っ黒い画面にNo run on a PCとだけ)
超高性能プログラムが、古いPCをオーバーヒートさせてしまう制御不能なエネルギーを感じさせます。
既存の枠組みやシステムでは収まりきらない、規格外の熱量、才能、努力、覚悟、魂。
古い固定概念なんて、規格外の存在が熱くして、ぶち壊すよと警告する。
JURINちゃんが規格外の存在であることの証。JURINちゃんの圧倒的な存在を感じさせるフレーズにとれます。

なので、もう一つの隠しフレーズの意味は…

(I’m like Christopher No run on a Neumann)
キリストを背負う者のように、規格外の存在が固定概念をぶち壊す


この隠しフレーズの2つの意味によって、大きな使命を背負いながら、とてつもない熱量で、ひたすらに努力を積み重ね制作に取り組む圧倒的JURINちゃんの姿がさらに鮮明に浮き彫りになりました。
そして、その熱量で《限界まで追い込む》ことをしている、後ろのフレーズへシーンが繋がります。


Everytime I go in I feel anointed
祝福された気持ちになる 足を踏み入れる度


I’m like Christopher Nolan on a Neumann
ノイマンマイクの前に立つクリストファー・ノーラン監督みたい  


(I’m like Christopher No run on a Neumann)
ノイマン型PC上で実行しえない、キリストを背負うことのように


規格外の魂の熱量は固定概念をぶち壊す、キリストを背負う者のように


The way I push it back to the limit
限界まで追い込むやり方



このように、この楽曲の隠しフレーズは、単なる言葉遊びのダブルミーニングではありません。
前のフレーズの意味を引き継ぎながら前後のフレーズを補強し、前後のシーンを裏付けるような働きをして、隠しフレーズによって、より鮮明にシーンを浮かび上がらせています。

そして、別のフレーズを裏付けているという点で、隠しフレーズは、歌詞の構造の上で既に要となる歌詞のパーツと言えると思います。

(和訳ページでは、美しい原曲英文歌詞はそのままに、和訳だけ隠しフレーズも含めて載せています)