※この考察はシリーズになっています。初めての方はこちらからどうぞ→#1フランス語の謎を追うと裏の物語が……
※このページからでもお楽しみいただけるよう、GALA深堀りアート編としてスタートします。
メットガラ(Met Gala)の泥
メットガラ(Met Gala)は、招待された世界的セレブリティが超豪華ファッションを身に纏い、NYはメトロポリタン美術館のレッドカーペットを行く姿に、毎年5月注目が集まる世界最高峰のファッションの祭典です。
そんな世界のMet Galaに、近年、泥がつくような出来事がありました。
2023、レッドカーペットに堂々と登場したゴキブリ(ROACH)に、報道陣が熱狂しシャッターを切るというシュールな光景。2024、レッドカーペットに立つアジア人スターたちへ向けられた、冷ややかで、失礼な対応。
世界最高峰のファッションの祭典にあるべき美学や敬意はどこへやら、ファッション愛よりも差別や偏見が透けて見え、スターよりゴキブリに熱狂する、いただけないコントラストが見えてしまいました。
そのコントラストの歪さ、失礼な態度や差別が発する毒々しさ、嫌悪感、空虚な狂騒、それらが混ざり合ったような、そんな泥がついた。
皮肉?抗議?批判?否、メットガラの泥を素材に、XGはアートの質感へと昇華する。
アジアスターよりゴキブリ好きなのね。
というブラックユーモアがあるかもしれないと最初は思ったのですが、XGはそこで留める次元にはいません。
XGは、ブラックユーモアの冷たい鋭さ、抗議の固い意志、それをそのままアートの質感へ変えている。
メットガラで混ざり合ったドロドロな泥を、XGは自分たちのアートを表現するための素材とした。
メットガラへの抗議ではなく、この問題をもはやアートの質感として表現してしまう。
このことこそ、ファッションへの純粋な愛の証なのでは。
ファッション愛を讃えるための、人種や国境あらゆる垣根を越えた宇宙祭典GALAに相応しいアート。
HARVEYによる再構築|毒と高潔のコントラスト
MVで、It’s like art fashionable loverのloverと歌ってる時には、HARVEYのホワイトブロンドヘアーの文字はLOVERでしたが、実は鏡文字だったようで鏡が撃たれた後に反転してROACHゴキブリと読めます。文字のデザインによって。
事実をありのままに見せつける鏡。
現代の狂騒を映し出した鏡を、その歪んだ世界ごと粉砕する場面かと思います。
バチイケすぎるJURINちゃんが人々の心も撃ち抜きながら。
そして当のHARVEYのファッションは、ROACHという要素を漆黒のカラコンとマツエクで毒々しく、なのにクリーンなホワイトとの鮮烈なコントラストと高潔さ漂うデザインで美へと昇華し、忌み嫌われるROACHという記号にさえ、圧倒的な品格を与えています。それを成り立たせるHARVEY。
つまり、XGはメットガラでのこの問題を、素材として、完全にコントロール下に置き、ファッションとしてアートとして、ハイクオリティに再構築してみせています。
毒をアートに。泥をクロームに。
毒々しい泥のようもの(不当な対応、偏見、差別…)を同じように泥のような言葉や態度で投げ返すのではなく、その泥を素材として固めて、磨き上げ、冷徹ささえ感じる硬く鋭く光るクロームにした。
たぶん手首に重ね付けしている。
名刀のような光を燻らせて。
そんな《Couple chrome plates 》のつやめき。
どんな素材さえも、質感にどこまでもこだわりアートへと昇華させる。
ものづくりの美学を感じます。
毒々しさをその身に引き受けて、若く美しいHARVEYがROACHを演る、狂気さえ孕んで。
そのアートへの誠実な思い、美しい覚悟。
毒々しささえ、このアートを際立たせて、醜い現実さえ、その美しさを際立たせています。
圧倒的コントラスト。
永遠に光る愛の置き場所
この楽曲を単なる批判や抗議として扱ってしまうことは、この作品をその時の政治的なメッセージという一時的なものとして、一時の喧騒と同じ棚に置くようなこと。
そんな気がします。
XGが創ったのはファッション愛を讃える宇宙祭典。普遍的な美。
このアートは、心の美しいところにいつまでも置いて、楽しんでいたい。
硬く、鋭く、永遠に光る質感に心奪われて。
裏物語の主人公はファッションを何よりも愛していたんだ。
HARVEYはまだ語り尽くせない…みんなのも…次回、歌詞やファッションとの結びつきを深堀りしていきます。

