HYPNOTIZE 震えて考察シリーズ|第2回
初めての方はこちらへどうぞ→#セイレーンが誘う深淵で全てが始まる・XG hypnotize震えて考察①|JURIA、JURIN、CHISA、HINATAは誰なのか?
MAYA
MAYAは、足の指が見える作りの特徴的なサンダルブーツを履いていて、そのMAYAの側にヘビ2匹がいます。
ということは、神々の使者・商業・幸運の神ヘルメス。
ヘルメスはヘビ2匹が絡む杖を持ったり、足の指が見えるサンダルブーツ姿で描かれたりします。
そのサンダルには羽があるらしい。
なんとなく、MAYAのブーツの一部分がフェザーを使ってそうです。
光の窓を背に、電気の走る球体に手を置いているMAYAは、稲妻の光を司る女神アストラーペかも。
手に稲妻を持ったり、頭の周りに光り輝く後光を帯びた姿で描かれるそう。
MAYA=ヘルメス、アストラーペ
HARVEY
HARVEYが水の入ったガラスに閉じ込められながらも荒々しく猛り狂うかのようなシーンは、壺に閉じ込められた話のアレースを思わせます。アレースは、戦いを司る荒ぶる神。
恐ろしくも悲しげな怪物と対面する構図のHARVEYは、怪物ミノタウロスの母パシパエ。この時のHARVEYの表情。
沈む小さな部屋にいるHARVEYは、父の手によって閉じ込められて海に流された美女ダナエーとその息子の話を思わせます。部屋にはHARVEYダナエーともう1人います。悲しい。
モノクロの荒ぶるHARVEYは、最も奥底、光のない暗闇に居る神、冥界の神ハーデースな気がします。
HARVEYは、最多の4役でしょうか。
HARVEY=アレース、パシパエ、ダナエー、ハーデース
COCONA
COCONAが覗き込むような場面、これはナルキッソスが池を眺める場面では。
誰の愛も受け入れない絶世の美少年ナルキッソス。
COCONAの王冠が、職人が誂えたような作りではなく、どことなく折り紙のようで自分で作ったような雰囲気です。自分で自分の美貌を褒め称えるために自作した冠は、少し大きくて少し傾く。
自己愛・自己陶酔を意味するナルシシズムをファッションで。オシャ可愛すぎる。
また、静寂の暗闇の中、たった1人のCOCONAが光り輝く場面が印象的です。
この時は冠がないこと、また、ファッションの色味によって、元々COCONAだけ際立たせていることから、何か重要な役という気がするので、後ほど考察します。
COCONA=ナルキッソス、冠のない謎の役
もう一人の重要人物|怪物
アフロディーテの醜い夫ヘパイストス、パシパエと対面する息子ミノタウロス、ダナエーと川に流される息子の手の役、プシュケの幻想の相手などなど…
この怪物もギリシャ神話の登場人物を1人何役もしています。悲しそうな目をしていて、何かに怯えてるカットもあります。
そして、XGに催眠術をかけられる対象という重要な役どころ。
最後に皆に見守られながら完全に催眠術にかかって横たわった怪物がいます。
怪物=アフロディーテの夫、ミノタウロス、ダナエーの息子、などなど
隅々までギリシャ神話
JURINでヴィーナスを想起させるための仕掛けという気もするファッションの時代的ニュアンスや、ギリシャ神話登場人物の特徴を表すファッションのディテールなど、隅々まで表現に落とし込まれていて、その塩梅が絶妙で惚れ惚れ。
全員、ギリシャ神話の中の登場人物とすると、説明がつきます。
ここまでギリシャ神話になぞらえているということは、ユングです。
MVにユングのニュアンスも垣間見えます。MAYAがヘルメスとして居る屋内の場所などは、ユングと錬金術の関連から、錬金術の工場の雰囲気を感じさせる作りです。
なぜ、MVはギリシャ神話なのか|ギリシャ神話とユング
心理学の巨匠の1人であるカール・グスタフ・ユング。
ユングは、神話を深層心理の象徴として捉え、ギリシャ神話の神々や物語は、人間の内側の制御不能なエネルギーの性質など、人間の無意識の領域を投影し表現していると解釈しました。
つまりMVは、ユングのこの考えに基づいて、ギリシャ神話の世界を描きながら、人間の内なる無意識の世界を表現しています。
なので、このユングの観点から見ると、MVの1つ1つの場面に、意味が現れてきそうな気がします。
ここからが、ヒプノタイズの真実に触れられる予感。
XGは何を表現しているの?
ユング的に、ギリシャ神話の登場人物は、無意識の中のエネルギーや性質などの象徴です。
(例えると漫画「はたらく細胞」の心バージョン)
つまり、XGは、ギリシャ神話の様々なキャラクターを演じることを通して、私たちの無意識の様々なエネルギーや性質などの象徴を表現しています。
JURINの二面性、HARVEYの狂気、JURIAで始まる世界|メンバーの配役の数がバラバラな理由
自分の内側の無意識のいろいろな性質、自分の奥底のいろいろなエネルギー、全ては自分の内側の一部。
自分の内側でそれらが蠢いています。
MVで描かれるあの深海の底で蠢くもの。あれはきっと、私たちの内なる無意識で蠢く何か。
メンバーの配役の数が、1役から複数役と一定ではないのは、無意識のその性質の多様さや、その絶え間ない変容を象徴しているから。
JURINの同時二役も、二面性といった性質を表現している気がします。
特に、HARVEYは恐ろしい役を演じ、人間の内側にある無意識の領域の、自分も把握していない性質、認めたくないような側面までを、狂気溢れる表現で魅せつけて、無意識の底知れない深度を感じさせてくれています。
狂気を放ちながらも、品のあるおしゃれさは何でしょう。痺れます。
そして、JURIA。
JURIAからこのMVの世界は始まります。
また、MVでJURIAが可愛く見下ろしているあの構図は、ヒュプノスの煌めく網の下に私たちがいて、囚われているということ。
1役なのは、このヒプノタイズを支配する動かざる唯一の存在だから。
JURIAに囚われたまま、この蠢く世界は、全てを解き放つ。


